松田の「これ知っとるか?」

第1回:The Flaming Lips”Zaireeka”の巻

2000.4

みなさんこんにちは。ベースを弾いている松田です。松田の「これ、知っとるか」です。このコーナーは私が、知ってると嬉しいなあとか、知らないならばぜひ知ってほしいなあというような気持ちを込めて、ごくフレンドリーなスタンスで、さほどマニアックではないかもしれない推薦盤を紹介して参りたいと思っております。よろしくお願いします。

さて、記念すべき第1回目は、フレイミング・リップスの"Zaireeka"で行くぞ。知ってる人は知っている、例のあれだ。

フレイミング・リップスの歴史は結構長いので、細かいディスコグラフィーについては割愛しますが、ニール・ヤング・トリビュートで「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」を演ってた人達、といえば「ああ、あいつらか」と心当たりのある人も多いかもしれません。個人的に言うとインディー期の90年頃までは私も興味が無かったし、今聴いても正直あまり面白く無いのですが、ワーナーに移籍しての"Hit To Death"以降、大化けしたような印象があります(実際メンバーチェンジもあったみたいですが)。その頃のいわゆるグランジな流れの中で、私はこのバンドと接したわけですが、なんか違うぞこの人達は、と思ったのですね。有無を言わさぬ凄い音楽というものは、第一印象からして???な事が多いものですが、このバンドなんかまさにそんな感じだった。なんていうか、どう考えてもおかしな音なのだ。音像みたいなのが独特で、ギターのエフェクト感とか、ズドズド腰に響くドラムとか、もの凄く乱暴な激しい音なのだけど、居心地が悪いくらいに繊細な感じがしたのだ。歌詞についてはよくわからないですが、妙な曲名が多くて、きっと変な事を歌ってるのは間違いないと見ています。サイケデリック、と言っても人それぞれに色々な解釈があるみたいですが、こういうのがまさにサイケデリックと言うのではないだろうか、なんて現代っ子の私は思ったです。なかなか癖になる音なのだ。

で、その不思議な音像の要と思われた、ギタリストのRonardが脱退してしまって、3人になってしまったフレイミング・リップスが97年の秋にリリースしたのがこの"Zaireeka"なのです。驚いた事になんとこれが4枚組。しかも普通の4枚組ではなかった。この4枚を同時に鳴らして楽しんでください、という都合8曲入りのアルバムなのだった。言葉を失った私だ。

もちろん1枚づつ聴くこともできるのだけど、4パートに分かれた1編でしかないので、やたら無音状態が続いたりします。曲によっては「キーン」という音しか出ていない盤もあって、なかなかもどかしい。ちょうど同じ頃、コーネリアスが2枚同時に聴いてくれ、というシングルを出したけど(ちなみにコーネリアスの方がタイミング的には早かった)あれは、リズムトラックと歌ものという分け方で、それぞれが1枚ずつでも楽しめるように作られていたのだが、このフレイミング・リップスの方は、1枚ずつだとあまり楽しめません。私の家にはパソコンのCDを入れて3台プレイヤーがあるのだけど、それにしても同時に再生する事はできないわけで、このアルバムの全体像をつかむ事はできなかったのです。しかし、なのだった。同じように悶々としていた人はいるもので、ねおじさんという熱心なフレイミング・リップスのファンの方(ちなみにこの人、ロンドンとかデンマークまで観に行っちゃうような人なんだな)が"Zaireeka 同時再生会 In 渋谷"というのを先日、主催されまして、ネットを通じてこの情報をキャッチした方々が約20名ほど駆けつけた来たのであった。もちろん私も行ってきたわけですが、くわしくはこちらをご覧いただきたい。アホな事をマジ顔でやっているような、非常に楽しいページに仕上がっております(笑)。

で、これが本当に面白かった!4枚同時に鳴らすとさすがに音圧が凄いというのは当然ながら、非常に考えられた立体的な構造をしていたのだ。例えば3曲目なんかは、1枚づつ聴く限りだとヴォーカルパートが入ったり消えたりするのだが、4枚同時に聴くと、四方のプレーヤーから代わりばんこに声がくるくる回って聞こえてくるわけです。これは凄いよ!フレイミング・リップスをそんなに好きでないという人にも、ぜひ体験していただきたいものでした。あまりに凄いので私は笑ってしまったぞ。アトラクション的に面白いというだけでなく、なかなかに美しい音楽なのであった。最後の曲のエンディングで、4枚のCDから一斉に犬が吠えまくってアルバムは終るのだけど、これなんかはビーチ・ボーイズ「ペット・サウンズ」へのオマージュなのだろうか。なにか超越してしまったような、物凄い余韻を残してアルバムは終ったのであった。まさにミラクルというべき作品です。


その後、去年出たアルバム"Soft Bulletin"は、さすがに普通の1枚ものだったのだけど、この"Zaireeka"の世界を更に突きつめたような素敵な作品でした。歌詞はなんとなく、悲しい内容の歌が多いみたいではある。でも絶望はしない、みたいな。「グリンプス」という小説(60年代にタイムスリップして、ジム・モリソンやジミヘンにあの未完成作品を完成させてしまうというSFフィクション。面白いです)に出てくるブライアン・ウィルソンのエピソードを私はなぜかどうしてもダブらせてしまう。そう、"Zaireeka"が「ペット・サウンズ」だとしたら、この作品は「スマイル」かもしれない、という事です。現実のブライアン・ウィルソンは完成させる事ができなかったわけだけど、今、空想の世界でブライアン・ウィルソンには、こんな作品を完成させる事ができる。それは例えば、こんなに素敵な音楽だったかもしれない、なんて思うのだ。喪失感と消えないビッグ・クエスチョン、アンド かすかな光、みたいな感覚。最近のインタビューで例の犬の声は「ペットサウンズ」を意識してたわけではなくて単なる偶然なんだよ、みたいな事を言ってるようだけど、そんなのはウソに決まってるのだ。

去年はその"Soft Bulletin"によって、各国でにわかにブレイクして、来日もしたりして(これがまた素晴らしかった!)、NME年間ベストアルバムで1位に選ばれたりなんかしちゃって、ちょっとしたフレミング・リップス・フィーバーだったわけですが、以前からのファンにとっては、うーむ、という感じでやはりRonald在籍時のギター・サウンドを懐かしむ声が多いようです。私は今みたいに全く先の展開が読めなくなってしまったフレイミング・リップスも大好きなんですけどその実、果して次作はこれを超えるだろうかと少し心配ではあります。

ではまた。




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(蛇足)

このコーナーの名前はLouさんが名づけてくださいました(笑)。









”The Bridge”(トリビュート・トゥ・ニール・ヤング)は89年の作品。ソニック・ユースやダイナソーjr.による珠玉のカバーに混じって収録されているフレミング・リップスは、いわゆる変身前の音で、なんとも薄い印象なのだが、でもやっぱりどこか変ではありますね。ちなみに95年に出たジョン・レノン・トリビュート・アルバムにも゛Nobody Told Me"で参加しています。これはカッコ良い。





"Zaireeka"


アメリカ盤で限定リリース。国内盤はさすがに出ませんでした。
去年くらいまでは、まだ結構店頭で見かけたような気がするのですが、今はもう手に入りにくいのかな?


ちなみにねおじさんとは、今から3年くらい前にオンライン上で知り合いました。2月にやったLouのライブにも観に来てくれました。Louさんについて「意外に不器用そうな人かも」というような感想を抱いたそうです。まったく鋭い(笑)。





"The Soft Bulletin"









Ronald在籍時の傑作と言えばコレですね。93年作のアルバム”Transmission From The Satellite Heart”

思えば、このアルバムがちょっとだけ売れたからこそ、その無謀とも言える試みが実現できたのかも....。