みなさんこんばんは。ベース弾きの松田です。このコーナーでは、知ってると嬉しいなあとか、知らないならば是非知って欲しいなあというような気持ちを込めて、私のお気に入り盤について語らせていただきたいと思っております。前回は熱く語り過ぎてしまった感があったので、今回はやや軽いノリで参ります。
ドリー・ミクスチャーは、80〜85年頃にかけてイギリスで活動していた女の子3人組のグループで、シングルを4枚と、その名も“Demonstration
Tapes”という2枚組のデモ集のアルバムだけを残して解散してしまったグループです。いずれも今は手に入り難いものばかりで、私も全部持っているわけではないのですが、この夏に米国音楽のレーベルから、その“Demonstration
Tapes”が再復刻されるというので、ちょっと早いタイミングではあるかもしれないけれど良い機会かな、なんて思って取り上げてしまうわけです。
ドリー・ミクスチャーは、自分達で演奏して曲も作る人達なのですが、元ダムドのキャプテン・センシブルがソロデビューした時に、バックコーラスをしていたのがこのドリー・ミクスチャーでして、むしろそっちの知名度の方が上なのかもしれません。実は私もこういうバンドだとは思ってもなかったのだった。ちなみにキャプテン・センシブルのアルバムではきちんと”Dolly
Mixture”とバンド名でクレジットされているのですね。ようするにあれか、例えばファン・ボーイ・スリーにとってのバナナラマみたいなものか、と思っていたわけです。でもそれは違った。
“Demonstration
Tapes”は、私が初めてドリー・ミクスチャーと接する事になったアルバムで、それは元々彼女たちのファンであったセイント・エチエンヌのボブ・スタンレー(この人、かなりのオタク体質と見えます)が95年に自身のレーベルから出した再発ヴァージョンの方であった。ちなみにオリジナルのアナログ盤の方は1000枚しかプレスされていなかったというから、かなりのレア盤だったわけですね。で、この再発盤を最初に聴いた時は,とにかく音が悪いCDだなあという印象だった。まあデモだから仕方がないとはいえ、あまり演奏も上手くないみたいだし、この手のガール・グループにありがちな、いわゆる「つかみ」みたいなものがあまり無くて、地味なバンドだなあ、という印象だったのです。しかし、何回か聴いているとこれが実に練られたソングライティングで、なかなか凝った構成である事に気がついたのだった。非常にセンスの良い人達であることがわかると思います。27曲も入っていてどの曲も素晴らしいけれど、とりわけ“Day By Day”、“Wave
Away”、“Remember
This”といったあたりの後期の曲が私は大好きです。
思うのだけど、公式盤よりもデモの方が良い出来になってしまうというような経験のあるアーティストって、意外に多いのではないだろうかと私は見ています。デモというのは基本的にラフな演奏であって、その曲が本来持っていた本質みたいなのがわりと強調されて表れてしまうものだと思うのだ。パッと出来上がってしまったような強さを持った曲というのは、何度か演奏しているうちに微妙に(本当に微妙に)違う形になってしまって、当初その曲が持っていた勢いというか力みたいなものが違う方向に向かってしまう事って、案外よくあることなのではないかと私は思っているのです。で、このアルバムはそういった、本来持っていた曲の輪郭が実に率直に、いい感じで封じ込められているような気がするのですね。だからこそリリースする価値があった、という見方もできる。結局セールス面でぱっとしなかったこのバンドが、恵まれた環境にいたとは決して思えないだけに、その意気込みみたいなのが生々しく伝わってくる感じがします。単純に正規盤よりもデモの方が良いとか、アレンジをいじらない方が良いという意味ではないですよ、念のため。
80年前半といえば、いわゆるニューウェイヴの真只中で、ちょっと奇をてらったようなアイデア勝負のアーティストが多かったと思うのですが、その中でドリー・ミクスチャーは特にキャラクターを作りこむわけでもなく(ごく普通のワンピースを着てステージに立っている写真がジャケット裏面に載ってるのですが、これがなかなか素敵なのです)、どうやら純粋に優れたポップソングを作って歌って行く事を身上にしているような印象があるのだ。だとすればこれは、なかなか素晴らしいですよね。あの時代に、ですよ。なんていうかシビれてしまう。これのちょっと後になって、ぞくぞく現れてくるネオ・アコースティックな人達だって、もうちょっと戦略みたいなのが見え隠れしていたように思うんですけど、この人達はもっと、なんだかすごく無防備な感じなのですね。そんなふうにして、ロネッツとかヴェルヴェット・アンダーグラウンドとかラブ・アフェアーとかオズモンズとかをライブでカバーしていたというのだから全く恐れ入ってしまう。
で、日本にもなかなか熱心なファンがおられるようで、先の「米国音楽」では、たびたび過去のインタビュー記事が載っていたり、3年前だったか、トラットリアからも未発表音源4曲入りのミニアルバム“Dreamism!”が出て、カジヒデキや仲真史が熱い推薦文を寄せていたりしています。そのCDは“Demonstration
Tapes”と一部音源が重複するのですが、私が一番気になっているのは、同じテイクと思われる曲の音質が、ここではぐーんと向上しているのだ。という事は、これくらいの音質のものがまだ他にも残ってるんじゃないのだろうか、うーむ、なんて思ってしまうのだけど、ここらへんの問題は、米国音楽からの復刻盤にぜひ期待したいところです。
最後に私が知っている限りのドリー・ミクスチャー解散後の情報を少し。ベーシストのDebseyとドラムのHesterは、Coming
Up
Rosesというバンドを結成して、89年にビリー・ブラッグのレーベルからミニアルバムを1枚発表しています。これは当時、日本でもポートレート・レコードから国内盤として配給されていたのですね。Debseyはあまり気に入っていない作品なのだそうですが、スウィング・アウト・シスターみたいなきらびやかな作風はそれほど悪くないと私は思います。しかしComing
Up
Rosesは、このアルバムだけで消えてしまった。その後、DebseyはBirdieというグループを結成して、97年にシングルを1枚出しただけ、と思いきや去年になって突然アルバム“Some
Dusty”をリリースして、これがまた実に素晴らしかったです。バカラック風のアレンジだったり、70年代のシンガーソングライターみたいな風情の曲も入っていて、聴いていて思わず和んでしまう。いい感じで歳をとっていて、でも良いところは全然変わっていないのだから素敵。感動した。シングルB面でルース・コープランドの渋いカバーを聴かせたりして、さりげないセンスの良さも健在。今年の末頃には早くもセカンドアルバムが出るそうで、これもなかなか期待できそうです。ついでに来日とかしてくれると嬉しいなあ。ちなみにDebseyはセイント・エチエンヌのアルバムで何曲かコーラスで参加しているほか、2度の来日公演でもバック・ボーカリストとして同行していたそうです。私は93年の来日公演を観に行ってるのだけど、そんな話は知らなかったので全然気が付かなかったのだが、不覚だった。
一方、ギターのRachelはその後キャプテン・センシブルと結婚して彼のソロ・アルバムにもちょくちょくコーラスなどで参加してるようで、クレジットで名前を見る事ができます。ほか、Sex
Love Butter
Babyというバンド(なんだか凄い名前ですねえ)を結成したそうですが、詳細は不明。ライブではドリー・ミクスチャーのレパートリーを演奏したりもしていたそうで、気になるところです。多分レコードは出していないと思いますが、詳細をご存知の方がいらっしゃったら教えていただきたいです。そう言えば3年前、私がロンドンに行った時に、体育館みたいな会場で「中古レコードフェア」という催しがあったので行ってみると、そこの入口のところでキャプテン・センシブルが弾き語り(!)をやっていた事がありました。私はその会場内で見つけて買った1ポンドあまりの“Happy
Talk”のシングルにサインしてもらったのだが、そのジャケットに写っているRachelを指差して「昔のガールフレンドだよ、懐かしいなあ」と遠い眼なざしで語ってくださった事があります。つまり、もう別れてしまったようなのですね。うーむ。
結局今回も長くなってしまいました。 ではまた。
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(蛇足)
Dolly Mixture“Demonstration Tapes”
これは95年の再発盤CDで、オリジナルのアナログ盤とはジャケットが異なっています。
キャプテン・センシブルの1stソロ、ジャケットの右下に写っているこの3人がドリー・ミクスチャーです。
特に“Remember
This”は、ぜひLouさんにも歌ってもらいたいなあ、と密かに私が思っている名曲です。
関係ないですが、例えばルイ・フィリップがデモテープを作らない主義だったりとか、例えばぺイヴメントはリハーサルをあえてしないようにしている、というような話を聞いた事があるのですが、まさにこういう要因によるものだったと思う。実は私にも思い当たる経験があるのだ。
ネオアコ/ギターポップ愛好者の間で根強い人気があると思われるドリー・ミクスチャーですが、イギリスの中古屋市場でいくと「ネオモッズ」とか「モッズリバイバル」みたいなコーナーに属しているそうです。
このCDは勝手に出されたものなのだそうで、Debseyはリリースされた事すら知らなかったんだって。ライナーもなんだか誤記が多くて珍盤といえるかもしれない。今のうちに買っておきましょう。
Birdie ”Some
Dusty”
このアルバムは今年の4月に、めでたく国内盤でリリースされました。ボーナストラックが2曲追加されているので、そちらの方を強くをお勧めしたい。
これがそのサインです。「Send Us A
Fiver」という添え書きが、なかなかいいでしょ?(自慢)
キャプテン・センシブルさんは、イメージに反してとても穏やかな風貌のお方でした。 |