松田の「これ知っとるか?」

第9回:「グラスゴーの彼方に」の巻

2001.10

みなさんこんにちは。ベース担当の松田です。このコーナーは平和と生ビールを愛する私が、反戦と愛のラブ・メッセージを込めて最近のお気に入り盤を紹介するコーナーです。今回は、以前にどこかでちろっと予告したような気もするのだが、パステルズについて語る事にする。

フリッパーズ・ギターの歌に「さよならパステルズ・バッジ」というのがあるのをご存知だろうか。かつて、というのは彼らがまだメジャーデビューをする前は、ロリポップ・ソニックというバンド名だったそうだが、その頃の話。当時の彼らは見様見真似でパステルズのバッジをつけてアノラックを着たりして「Something Going On」と銘打ったシリーズ・ギグを展開していたそうである。それは「C86」だか「アノラック」だか「キューティーズ」だか呼ばれ、いってしまうならばおそらく例によってNMEあたりが仕掛けたのであろうハイプなムーブメントの一種であったのだが、そんな泡沫とも思える動きに対して、彼らはここ東京でしたたかに応えていたわけだ。たぶん87年か88年頃の話だと思う。で「さよならパステルズ・バッジ」は、ロリポップ・ソニックがフリッパーズ・ギターとしてメジャーデビューするにあたって、そんな小さなサークルに対してある種の野望をもって決別する歌であった。とおよそのところ私は解釈している。しかし実のところ「へえ」なんて私はいろいろな意味で思ったものであった。というのも当時クリエーションのコンピに入っていたパステルズの曲を聴いても私は特に魅力を感じる事も無く、殆ど素通りしていたからで、53rd&3rdというレーベルについても細かくはチェックしてなかったからであった。

53rd&3rdとは、パステルズのリーダーであるスティーブン・パステル氏が大きく関与していたレーベル(やはりラモーンズの曲名から名づけたものなのだそうだ)で、後にティーンエイジ・ファンクラブへと発展するボーイズ・ヘア・ドレッサーズとか、今日で言う非常に「ソフトロック」的な解釈でアソシエイションの「ウィンディ」をカバーしていたグルービー・リトル・ナンバーズだとか、やはり後にニルヴァーナがカバーした事によって大きく脚光を浴びる事になるヴァセリンズなどがそこから輩出されたのだが、結局レーベル自体は短命に終わった。ようするに、これもまたよくある「早かった」という話なのかもしれない。実際、それらは後追いの耳で聴いても確かに良いなあと思ったものだったが、そんなふうになっていった後でもパステルズに関しては何度聞き直しても実はあまりピンと来なかったのだった。なんていうかメリハリというものが無いし、ダラっとしすぎてるような気がする。何だか掴めない存在であったのだった。

そんなパステルズに対して、私の認識が変わるのは「イルミネーション」というアルバムだった。97年の作品。それまでは流動的だったメンバーがある程度固定されてからの2作目というのも大きいのかな、なんて思うのだが、かつてのジャングリーなギターバンド・スタイルからは1歩も2歩も奥行きのある進化を見せた作品だった。実際に並ならぬ気合が入ったアルバムではあったようで、聞くところによると1曲目の"The Hits Hurts"という曲では「いつまでも歌が下手だとか言われるのは嫌だったから」と、スティーブンはこのヴォーカルを何十回も取り直したのだそうである。それにしてはあんまり上手くないけどな、とか言うのはやめようぜ(笑)。そういうのは抜きにして、この作品に覆われる緩やかにねじれていくような不穏に暖かい空気感に、私は自然と深くハマることになったのだった。ちょうど同じグラスゴー出身であるベル&セバスチャンの"If You're A Sinister"というアルバムが日本で出た頃でもあって、この2つのアルバムは必ずしも似てはいないのだけどなんだか双子みたいだな、という印象を持ったものだ。で、私はグラスゴーという街に大きく興味を持つようになった。今更、という感じは否めなかったのだけど、そんなこんなで私がグラスゴーへ行ったのは98年の2月だった。いや、実際に行ってどうなるというわけではないのだが、かと言ってこの手の衝動を抑える理由も無かったのだった。と言うよりもむしろ、スティーブン・パステルが働いているというレコード屋に行ってみてえな!という、ごくミーハーなノリで盛り上がっていたわけです。

グラスゴー・セントラル駅の周辺には、映画「トレインスポッティング」で見られたような、少々退廃的な重い空気感を感じてしまったのだが、そこから少し離れたグラスゴー大学のあたりまで来ると、雰囲気はガラリと異なる。「イルミネーション」で漂っていたのと同種の独特な空気が確かにそこで感じられたような気がした。何が楽しいんだと言われると困ってしまうのだが、そこにいるだけでなんだか楽しかったのだった。地下鉄Hillhead駅を出たすぐ右側にそのレコード屋さんはあった。John Smith Bookshopといって、1階と2階が本屋さんになっていて3階がそのレコード屋になっていた。しかし残念ながらその日もその次の日もスティーブンはいなかった。

お店はそんなに大きくはなくて、むしろこじんまりとしているのだが、どこのレコード屋にも無い知性的な雰囲気が漂っていて、品揃えもいい具合に偏っている。おそらくスティーブンが管理しているだろうな、と直感的に私は思った。Kとかドラッグシティとか、今でも充分注目に値するレーベルのカタログなんかが異様に充実していた。パステルズのレコードも当然という感じでコーナーがあるのだが、近作のシングル盤まで細かく揃っている割に初期のものはあまり置いてなかったのは、たまたまの事だったのであろうか。いすれにしてもグラスゴー周辺で、ここまで細かいレコードを扱っている店は他に見当たらなかったのだが、グラスゴー発の注目すべき昨今のアーチスト達は、きっとこのお店を通じて幾ばくかの大きなネットワークで繋がっているに違いない、なんて思うと妙にわくわくしたものだった。

しかし去年の春ごろだったか、いろいろあって(というか、大概この手の話の多くは経済的事情によるのだが)John Smith Bookshopは閉店してしまったそうだ。で、図らずともそれと入れ替わるようなタイミングでスティーブン・パステルは、同じく今のパステルズの主要メンバーであるカトリーナ・ミッチェルとの共同作業によって、Domino傘下にgeographicというレーベルをスタートさせた。そこから第一弾として出たアルバムが、Maher Shalal Hash Bazという工藤冬里率いるグループだった。そう、日本のグループなんですけど、知ってましたか?いや、私は全く知らなかったグループだったです。日本でも多くの人がその存在すら知らなかったみたいだが、いかにもおそるべしスティーブン・パステルを物語るエピソードであると思う。そしてBill Wells、International Airport、Future Pilot AKAとパステルズとは浅からぬ縁の深いアーチストたちのアルバム・リリースが、ひっそりと続く。そして先頃、このgeographicのサンプラー的なアルバムがリリースされた。ほとんどが新曲・未発表曲でスティーブン・パステルによるライナー付き。”You Don’t Need Darkness To Do What You Think Is Right”というタイトルが良いなあ、とまず思った。

このアルバムで、パステルズはなんとスライ&ファミリーストーンの”Everybody Is A Star”をカバーしている。これがモロにベルベットの1969ライブに入ってる「スウィートジェーン」みたいなアレンジになっていて素晴らしい。面白いなあ。必聴。ジーザス&メリーチェーンのリード兄弟が仲直り?したユニットSister Vanilaの曲も入っている。”Pastel Blue”っていうんだぜ。いいじゃないか。Future Pilot AKAの曲”Remember Fun”について、スティーブンは「ジャマイカン・レゲエとプリミティブなスクラッチングとオレンジジュースの、ワイルドスタイルな融合」なんて解説している。なんてわかりやすいんだ(笑)。あとBill Wells Octetの”Wiltz”も素晴らしい。この人、このレーベルを追っていく上で、非常に重要な人物となるかもしれない。ほか有名無名問わず、もうすべてが素晴らしい。というか、あまりに好きな世界だ。マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ケヴィン・シールズの復帰劇というにはあまりにも呆気ないアウトロでアルバムが終わるまでの、ゆったりした熱いひとときを何度も堪能するのだ。私はなんとなく、グラスゴーにはもう行かないような気がするのだけど、しばらくはこのアルバムを聴き、自ら地に足をしっかりつけたまま、かの地に思いを馳せるのであった。このアルバムを聴いていると、Byres Rdで見上げた夜空の高い星が、ここからも見えてくる。ような気がする。





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第1回:The Flaming Lips ”Zaireeka” の巻(2000.4
第2回:Dolly Mixture ”Demonstration Tapes” の巻(2000.5)
第3回:Various Artists“Caroline Now!”の巻(2000.8)
第4回:長谷川和彦監督作品「太陽を盗んだ男」 の巻(2000.12)
第5回:2000年度ベスト・アルバムの巻(2001.1)
第6回:Lou ”Search & Love” の巻(2001.3)

第7回:Honzi ”Two” の巻(2001.5)
第8回:「水不足問題について考える」 の巻(2001.7)
(蛇足)

88年暮れにエルからモノクローム・セットの音源が復刻され、89年初夏にエドウィン・コリンズが素晴らしいソロ・アルバムを出した。フリッパーズ・ギターがデビューしたのは、それの少し後だった
アルバムタイトルはオレンジ・ジュースの曲名でもある”Three Cheers For Our Side”。

フリッパーズ・ギターの2人は私と同い歳だそうだが、なるほど親近感を持ったのであった。どうして僕の舌はもつれるのだろうとか青春はいちどだけとかレッド・ローゼスだなんだとか。今思うと「パステルズ・バッジ」は非常に小沢的だと思う。小沢健二のディスコグラフィからは、なぜかこの時期の活動がまるっきり削除されているそうですけど、私は笑ったりはしない。



当時、53rd&3rdでは唯一、ヴァセリンズの”Dum Dum”というミニアルバムを持っていたのだけど、よりによってこれは誤解を招き易い作品だったと思う。言い訳。



演奏者たるもの、上手いに超した事はないわけだが、いわゆる下手な演奏では心に届かないとは限らないし、逆に下手だから良いというのもナンセンスと思う。下手でも良いものは良いし、上手くても駄目なのは駄目なのだ。なんて当り前の事をあえてここで言いたい。あるとすれば、テクニック不足によるものかもしれない「揺らぎ」が、あたかも偶然であるかのように響く音楽に私は奇跡を感じたりする。なんていうか、そんなような「気」が入っている音楽が私は好きです。




The Pastels
”Illumination”

以前のパステルズを好きだった人が、このアルバムを気に入っているのかどうかは、知らない。






Maher Shalal Hash Baz
”From Summer To Another Summer

もしアンダーグラウンドというのがあるとしたら、それは本当に思いも寄らず、ごく身近にあるものだったかもしれない、と不覚なまでに気付かされる作品集。先入観無しで聴いたら、このアルバムに対する印象は全然違うものになっていたかもしれない。というよりもGeographicのロゴが入っていなかったとしたら、聴いてすらいなかったアルバムかもしれない。そう思うと何とも複雑な心境ではある。



V.A.
”You Don’t Need Darkness To Do What You Think Is Right”

そう言えばベル&セバスチャンがもうすぐ来日しますね。非常に楽しみです。