松田の「これ知っとるか?」

第13回:“I am trying to break your heart”の巻

2003.2

みなさんこんばんは。このコーナーはベース担当の私が最近のおすすめ盤について語るというコーナーです。ずいぶん久しぶりの更新になってしまいましたが、皆さん元気ですか。今回はウィルコのDVD「WILCO FILM」(原題"I am trying to break your heart")について語ります。約半年ぶりの更新なので、文体が固いです(笑)。


「WILCO FILM」とは、昨年リリースされた"Yankee Hotel Foxtrot"(後述しますが、これは実に素晴らしいアルバムです)の制作から発売に至るまでを描いたドキュメンタリー映画で、でも元々は映画の企画として撮り始めたものではなかったのだそうです。ウィルコに興味を持ったサム・ジョーンズ(写真家でテレビCMのディレクターだそう)がたまたまフィルムを廻し始めたら、次々とドラマチックな事件が起こったので映画になったのだという。事件とは要約するとこんな感じ。

■初めて自身らによるプロデュースでアルバムの制作開始
→新しい試みと葛藤
→録りに1年間を費やす
→ジム・オルークによるミキシングを経てようやく完成
→所属レーベル・リプリーズが「商業的でない」として発売拒否
→移籍
→その間、ギタリストの脱退劇なんかもあったり
→数あるオファーの中、ノンサッチと契約
→完成後9ヶ月にして発売
→バンド史上最大のヒット
→幕
...という内容なのだが、これが実に興味深い場面がいっぱいありました。

それまでのウィルコって、可も無く不可も無く、という感じで、どんなに良いバンドといわれても「そうかもねえ」なんて私は思ってしまって、実はほとんど興味が無かったのでした。「アメリカン・オルタナ・カントリー」なんて括りが私に偏見を与えるところへ充分だったかもしれない。しかし何やら今度のは違うらしいぞ、すごく良いらしいぞ、というので、"Yankee Hotel Foxtrot"を聴いてみると、確かに「へえ」なんて私は思って、すんなりと気に入ってしまった。変な音が入っていたりするのだが、基本はシンプルなギターバンドで、染み入る感じの佳曲が揃っているのだが、そんなことよりもむしろ、おおらかでどこかぼわーとしていて、独特な質感が心地良くて、その音自体にグッとくるものがあった。良い音楽というのは、今の自分の気持ちにフィットする空気感があるものだ。この「今の」という所が何気にとっても重要なところだと思います。そんなわけでそのアルバムは、去年もっとも良く聴いたアルバムのひとつだった。

きっとのびのびと好きなように作られたアルバムなんだろな、と思っていたのだが、映画ではエンジニアと些細な件で口論したジェフ・トゥイーディが「吐きそうだ」と言って、本当にトイレまで行って吐いてしまう場面があったりする。吐くとすっきりして「さっきはゴメンね」みたいな事を言うのだけど、でもなんだか全然収集がつかないありさまで、いかにもこういったような混沌とした雰囲気の中から生まれたアルバムだったのだなあ、というのがよくわかる。少々意外であった。

そしてジム・オルーク。彼の貢献は実際大きかったようではあるのだが、録りの段階では殆どノータッチだったのか?というのも意外であった。あのピューピュー鳴ってる音はいかにもジム・オルーク的な気がしたのですが、そうではなかったみたいなのですね。でもミックスしてる現場を少しくらいは見せて欲しかったぞ。

で、完成したアルバムを「商業的でないので作り直さないと発売はできない」とリプリースに告げられる場面は一種のクライマックスであって、そこそこの実績があるウィルコはレーベルにとってドル箱のはずなのだが、社長の交代なども影響して、その心意気たるものがまったく理解されなかったのであった。これではラジオではかからない、市場の見える音楽でないと駄目だ、というのだ。中堅とはいえ、そろそろ頭打ちというか陰りが見えてきた感が無きにしもあらずな状況のウィルコに対し、ここは保守的にもっとわかりやすい路線で行かなあかんで、言うのだ。うーむ、この手の話は実際よく聞いたりするのだけど、それにしても売れる音楽っていったいなんだろう、なんて考えてしまう。関係ないけど日本では最近レコードが全般的に売れなくなってきて、それは音楽よりも携帯電話とかにお金を使うようになったから、とかなんとか言われたりしていますが、なんか全然実感がなかったりするんですね私は。更に関係ないけどCCCD問題とかも同じように疑問であって、消費者はもっと怒っても良いのではないか、なんて思う。もちろん売れそう・売れなさそうの度合いは計りしれない所はありますが、もっとちゃんと仕事をしようぜ音楽業界&アーティストの皆さん、なんて思うのだ。いや、オレもだが(笑)。実際、この映画でウィルコは、移籍先が決まるまでのあいだ、"Yankee Hotel Foxtrot"の音源をネットで公式に無料配信していたというエピソードがあって、それでセールスに悪影響を及ぼしたかというとそうではなくて、むしろバンド史上最も売れたわけだから、なによりもそこが痛快な話だなあと思ったのであったが。

ただそれでメデタシメデタシで終るというのも、出来すぎな話だなあとも思った。というのも移籍先のノンサッチはリプリーズ同様、タイムワーナーの子会社なのですね。「皮肉にも」とは言っているけど、これってもしかして組織ぐるみのシナリオだったんじゃないの?なんて言うのは、さすがに考え過ぎでしょうか。だとしたら凄いですね、マルコム・マクラレンも真っ青ですね(笑)。

あと、辞めたギタリストを「いなくなって良かった」とリーダーが言い放つ場面はとても悲しかった。これはバンドのクオリティを保つための一種の決断であって、まあバンドをやっているといろんな事があるもので、感情のもつれとかいろいろあるにしても、あまりそういうところは見せられたくはないのだな。こういう話は、作品とは直接関係ないわけですが、いろいろな意味であからさまで興味深かったです。

ほか、このDVDには予告編やメイキング場面、映画には未収録だった演奏シーンがいっぱい入っているので、熱心なファンの方は要チェックです。なお本編はモノクロ画像なのですが、メイキングで一部カラーになって、ジェフが着ているシャツが赤い。全然イメージが変わるのでビックリしました。てな感じでいろいろと面白かった。おすすめです。


ではまた。




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第1回:The Flaming Lips ”Zaireeka” の巻(2000.4
第2回:Dolly Mixture ”Demonstration Tapes” の巻(2000.5)
第3回:Various Artists“Caroline Now!”の巻(2000.8)
第4回:長谷川和彦監督作品「太陽を盗んだ男」 の巻(2000.12)

第5回:2000年度ベスト・アルバムの巻(2001.1)
第6回:Lou ”Search & Love” の巻(2001.3)

第7回:Honzi ”Two” の巻(2001.5)
第8回:「水不足問題について考える」 の巻(2001.7)

第9回:「グラスゴーの彼方に」 の巻(2001.10)
第10回:「2001年の収穫自慢」 の巻(2002.1)

第11回:「Some Candy Talking」の巻(2002.3)
第12回:「Yoshimi Buttles The Pink Robots」の巻(2002.7)
(蛇足)


WILCO
”I am trying to break your heart
"




”Yankee Hotel Foxtrot”
ウィルコの通産4作目のアルバム。この アルバムは昨年 、いろいろな雑誌で年間ベスト・アルバムとかいってる人がおられましたので、何を私が今さら、という感じではあります。最近ボーナスディスクと2枚組で限定エディションなる物が出回っているようですので、未入手の人は買いかもです。元アンクル・テュペロとか、ビリー・ブラッグとの共演でウディ・ガスリーの詩をどうしたとか、私が説明せんでも...という感じの人達です。どうでも良いけど村上春樹もウィルコの熱心なリスナーなのだそうですね。